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世界へ飛び立て Part 2

PLAYERS : EMA KAWAKAMI

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河上 恵蒔
EMA KAWAKAMI

 

世界へ飛び立て

Part 2

ワールドスケートゲームズ※1 ローマ大会の切符の行方は? 初出場したシリーズ戦の結果。

※1 ワールドスケート国際連盟によって行われている、あらゆるローラースポーツ分野を含んだ国際的なマルチスポーツイベント。隔年で開催される。2024年は9月にイタリア・ローマで開催される。

 

文、写真:河上 竜平

 

Part 1はこちら>

 

ついに始まった、命運を分けるラン

 

予選はランが3本ある。エマの実力があれば、ルーティンをメイクするのに3本もあれば十分。「リラックスしよう」と伝える。「大丈夫やわ」と試合直前のエマは落ち着いた雰囲気だった。

 

そして1本目。バックサイド900(以下、900)※2を成功させたが、後半のフリップインディ※3をミスしてしまった。ふだんはほぼ失敗はしないルーティンだったが、足が引っかかってしまったようだ。

 

2本目は修正してきっちりと決める。しかし、ここでうっすらと心にあった悪い予感が当たった。得点が思うように伸びなかったのだ。エマは900からバックサイド540(以下、540)※4をつなぐコンビネーションに自信を持っていた。なぜなら、バーチカルのランで900を入れるのは世界のトッププロスケーター、ギー・クーリーしかいないからだ。ギー・クーリーでさえ、900のあとに回転数の違うトリックを合わせない。エマは納得がいかない様子だった。

 

3本目は構成を変えて900をはずすことに。代わりにフリップボディバリアル540※5という高難易度の技とボディバリアル540※6のコンビネーション、さらにフェイキー720※7、ロデオ540(以下、ロデオ)※8、エアーを織り交ぜたルーティンをエマは成功させた。結果は2本目とほぼ同じ点数。900をはずし、難易度を落としたにもかかわらずだ。

 

エマはまったく納得いかず、イライラした様子だ。4位で予選を上がれたのでよかったものの、愚痴をこぼす。

 

「高めだけど危なくないトリックとか、エアーでつないだらいいん? 900やらんでええやん」

 

わたしはエマのモチベーションを下げないよう、こう諭した。

 

「点数は気にするな。エマのスケートはインスタグラムでも評価されてるし、ギー・クーリーにもヤバいって言ってもらえたやん。決勝も自分がヤバいと思うことをやったらいい。900のコンビネーションも練習して得意になった。そのがんばりがあるから、もっとすごいコンビネーションできるようになる。だからええねん」

 

※2 空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。
※3 空中でボードを縦に1回転させて手でつかむトリック。
※4 空中で体とボードを一緒にお腹側へ1回転半させるトリック。
※5 空中でボードを縦に1回転、お腹側へ1回転させながら、体を1回転半させるトリック。
※6 空中でボードをお腹側に1回転させながら、体をお腹側へに1回転半させるトリック。
※7 通常と逆のスタンスで滑り、空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。
※8 空中で体とボードを一緒に背中側へ1回転半させるトリック。回転の回数や向きは後出のフロントサイド540と同じだが、フロントサイド540は体とボードをプロペラのようにまわすのに対して、ロデオ540は野球のバッティングのように体を中心にボードを振りまわすため、より難易度が高い。

予選を勝ち上がり、ホッとひと息。みんなでランチタイムを楽しむエマ。決勝まで時間があってよかった。おかげで友だちと遊んで気を取りなおせた

めくるめく展開する決勝ラウンド

 

決勝前の公開練習がスタート。エマはとても気合いが入っている。年上のスケーターばかりのなか、苦労しながらも差し合いに入っていた(残念ながら、ベストトリックでやる予定のアーリー900※9の練習はできなかった)。あとは集中して実力を出しきるだけだ。

 

いよいよ決勝のランが始まる。今回のルーティンのハイライトは、900からロデオというコンビネーションだ。900で完璧な着地をしないとロデオにはつなげられない。900はもちろんのこと、ロデオも3Dトリックで危険度が高い。またそれらのトリックは回転軸が異なるため、続けざまにこなすのはひじょうにむずかしい。とはいえ何度となく練習してきたコンビネーションなので、エマは自信を持っている。

 

1本目。900でまさかのミス。飛び出すタイミングがズレたのだ。900は540より飛び出しがシビアで、中途半端に乗ろうとするととても危険なトリック。ましてロデオにつなぐルーティン。少しでもズレたらやめるべきなのだ。わたしは思わずエマに声をかける。

 

「900を無理にいかなくて正解。どんなときでも900は無理したらダメだ」

 

「わかってる」とエマ。

 

2本目。とても緊張している様子だったが、気を持ちなおしてキッチリと成功させた。だが予選と同じく、思うように得点が伸びない。けれども本番のエマは違った。一瞬不機嫌な顔を見せたが、瞬時に気持ちを切り替えている。頭のなかはすでに、次のベストトリックのモードだ。

 

※9 背中側に向かって滑り、空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。通常のバックサイド900と反対方向に飛び出し、着地位置も反対になることから難易度が高くなる。

いつになく緊張していたエマ。大会は、ふだんのスケートボードとはまるで違う心持ちになる

ベストトリックでかますアーリー900

 

バーチカルでアーリー900を決めるスケーターはいない。バーチカルという高さでは、通常より少し多めにまわさないといけないことと、そのために、飛び出し方と、空中での姿勢のつくり方と体重の掛けていき方を高回転している最中にしないといけない。何より危険度が高い。そのためメンタルを強く持たないといけない。成功させて欲しい。でもわたしはそれ以上に「怪我をしないよう」にと強く願った。

 

ベストトリックの1本目。惜しい。どうしても成功させたかったのか、いつも以上にギリギリまで乗りにいこうとしていたので、心配になって声をかけた。

 

「無理に乗りにいくな」

 

エマは答えた。

 

「次は乗れる」

 

そして2本目。かならず成功させるという強い覚悟が、集中した顔から見てとれる。

 

エマは辛くもアーリー900をメイクした

ベストトリックでのアーリー900。エマは最高難易度のトリックを大会でメイクし、会場は沸いた

「ヤバいトリックをやる」。ピュアなチャレンジの成果

 

予定では、3本目もアーリー900にチャレンジするつもりだった。しかしエマがここに来て「ロデオのステイルフィッシュグラブ※10をしたい」言い出した。そのトリックは、まだまだ未完成だ。しかもここ半月ほどまったく練習していない。それでもエマはやる気だ。

 

「日本ではまだ誰もやってないし、見せたいな」

 

チャレンジ精神を忘れない。やりたいことをやる。エマはわたしがつねづね大切だと言いつづけていることを体現している。この緊迫した状況でもブレないエマを誇りに思った。
大人になるにつれ、メイク率を考えるなどつい計算高くなってしまう。結果を残すには、ときにそんな視点も必要だ。でもまだ幼いエマには、少しでも可能性があるならば、たとえ分が悪くても失敗を恐れずやりたいと思うことに賭けてほしい。

 

3本目。ロデオのステイルフィッシュグラブにチャレンジしたが、結果は失敗。当然ながらエマはくやしそうだが、清々しい顔をしている。

 

ランとベストトリックの得点を合わせて、結果は準優勝。最年少で2位は上出来だ。そして全3戦のウィングラムカップ2023バーチカルシリーズ※11の総合結果は今大会で優勝した猪又 湊哉、準優勝のエマ、3位になった西川 有生が同率1位となった。

 

ワールドスケートゲームズに何名いけるのかは現時点ではわからない。おまけに3人が横並びだ。何はともあれ、バーチカルのシリーズ戦初出場で最年少1位。その大きな記録に、エマもわたしも大喜びした。●

 

 

※10 デッキのかかと側をテール側の手でつかむトリック。
※11 日本スケートボーディング連盟(JSF)が主催するシリーズ戦。ワールドスケートゲームズ出場枠をかけて、全3戦のうち高得点を得た2戦の合計で競う。

左からエマの友だちでもある西川有生くん、今大会をせいした猪又 湊哉くん、そしてエマ。決勝後、エマは「1位がよかった……」とつぶやいた。うれしくもあり、くやしくもある。そんな経験こそがエマのモチベーションとなることだろう

大会を終えて記念撮影。中央のメガネをかけた男性は今大会の会場となった秩父スケートパークをプロデュースしている三沢 勝男さん。その右はMCを務めたプロスケーターの上田 豪さん。スケートボードを通じてまた仲間が増えた

POSTED : 2024-02-24