PLAYERS : EMA KAWAKAMI
河上 恵蒔
EMA KAWAKAMI
バートアラート2024
Part 3
予選を6位で通過したエマは決勝へ進出。ワールドクラスのコンテストで繰り出した、限界を超えたトリック。
文、写真:河上 竜平
トッププロとセッション。エマの意気込み
決勝当日。世界の大舞台を前にしたエマに緊張の色は見えない。今日もトップスケーターたちと滑れることをただ楽しみにしていた。
「練習してきたルーティンは昨日全部やった。とりあえず今日もルーティン乗って、昨日連続で900したら盛り上がったから今日もやる」
観客の数は昨日の予選よりもはるかに多い。X ゲームズ※1と変わらないメンツが滑ることから声援もさらに大きく、スケートボードの本場アメリカならではのムードに包まれたエマは「めっちゃ(観客が)おれのこと名前で呼んでくれてる」と喜んでいる。
決勝のルールも予選とはまるで異なる。30分間のセッション形式で行われ、滑る本数は無制限。ファイナリストの8人が順番に滑り、30分が終了した時点の得点を競う。ひとり5本ほど滑れる計算だ。
そして、上位6名がXゲームズの出場権を獲得できる。当然ながら、世界のトッププロが全力で挑んでくるだろう。わたしはエマに言った。
「Xゲームズ出場を目標にしないで、プロとセッションできることを楽しんで悔いのない滑りをしよう」
エマはこう答える。
「おれは伝説を残したいねんなー」
いったいどこでそんな言葉を覚えたのだろう。昨日の予選で、練習してきたことすべてを出しきった。900※2の2連続も見てもらえた。「最後まで乗れなかったバックサイドフリップリップスライド※3だけでも乗れたらいいな」とわたしは伝えた。
※1 さまざまなエクストリームスポーツを集めた世界最大級の競技大会。夏と冬の年2回開催される。
※2 空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。
※3 お腹側に飛んでいる最中にボードを縦に1回転させて、さらにコーピングにボードを乗せて滑らせながら降りるトリック。
バートアラート2024の会場であるジョンM.ハンツマンセンターの巨大なモニターにエマの姿が映し出される。「エマ!」というコールが会場中に鳴り響いた
トニー・ホークもびっくり
いざ、本番。エマは昨日より気合いが入っている。本数が制限された予選と違い、セッションなのでテンションが上がっているようだ。
まずは問題なく昨日と同じラインをメイク。バックサイドフリップリップスライドだけをミスした。続いて、昨日見せつけた2連続900を入れたランを披露すると、会場がワッと盛り上がった。そして、次の1本。わたしも含めた観客みんなが驚くことになる。エマがまさかの3連続900にチャレンジしたのだ。しかし、惜しいところでミス。会場が静かになる。次の瞬間、3回目をまわしにいったことを認識した観客が沸き立った。自身が樹立した世界記録、最年少2連続900を早くも更新しようとするエマの果敢なチャージに、あのトニー・ホークも大興奮だ。
そして、次の1本でエマは3連続900をメイクした。会場はこの日いちばんの熱狂。次の滑走者が滑っているにもかかわらず、MCはエマの成功について賛辞を送りつづけてくれた。
スケートボードの世界では自分らしさ、つまり「スタイル」が重要とされている。だがコンテストにはルールがある。勝つためには、ときにスタイルよりも戦略が大事になる。今大会で、自分がやりたいことを本気でやったのはエマだけだったと思う。昨年のコンテストでもベストトリックで(ルールを無視してまでの)大勝負をしたことがあったが、世界の舞台でやるとは思わなかった。エマは得点じゃなく、本気で伝説が欲しかったのだ。
バーチカルにドロップする間際、意識を高めるエマ
みずからの決断で挑戦、そしてメイクした3連続900。このトリックをすることは父親であるわたしも聞いていなかった。「危険だからやめろ」と言われるに決まっていると思い、黙って突っ込んだのだろう
攻めの滑りで手にしたチケット
その後、エマはさらなる記録が欲しかったのか、秩父スケートパークでもメイクしたアーリーウープ900※4にチャレンジした。ここでメイクすれば、世界初の快挙だと思ったのだろう。ランのコンテストで、ベストトリックにチャレンジしているかのような気迫溢れる滑りを見せるエマ。メイクこそ叶わなかったものの、その心意気に震えた観客が叫ぶ。最終的に2連続900を入れたランをラストまで成功させたエマは6位入賞。Xゲームズ出場権獲得だ。
コンテストはベストトリックに移った。エマはランで挑んでいたアーリーウープ900に引きつづきトライ。制限時間内にメイクすることはできなかったが、少しタイムオーバーしたところでみごとに成功させ、またしても会場を盛り上げた。
今回、メダルを獲得することはできなかったが、もっともコンテストを沸かせた選手はエマだった。そして、その小さな勇姿はコンテスト後にSNSで数えきれないほどシェアされた。自分のスケートによって巻き起こる声援、そしてレジェンドからの高い評価を受け、エマは大きな自信がついたことだろう。
こうして小さいころから目標にしていたXゲームズの出場権をこんなにも早くに獲得した。サポートしてくれている方々や一緒に滑ってくれている友だちに支えられながら、繰り返しチャレンジして積み上げてきた実力で勝ちとったのだ。●
※4 背中側に向かって滑り、空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。通常のバックサイド900と反対方向に飛び出し、着地位置も反対になることから難易度が高くなる。
アフターパーティでのひとコマ。日本語はまるで通じないが楽しげにキャッキャ言っていた。貴重な機会を得て、エマはまた大きく成長した
POSTED : 2024-08-23