PLAYERS : EMA KAWAKAMI
河上 恵蒔
EMA KAWAKAMI
世界へ飛び立て
Part 1
ワールドスケートゲームズ※1 出場を懸けた最終決戦がついに始まる。大会直前の練習。そして戦略。
※1 ワールドスケート国際連盟によって行われている、あらゆるローラースポーツ分野を含んだ国際的なマルチスポーツイベント。隔年で開催される。2024年は9月にイタリア・ローマで開催される。
文、写真:河上 竜平
練習合宿中に食らった強打
JSF※2主催のウィングラムカップ2023バーチカルシリーズ第3戦が埼玉県の秩父スケートパークで行われた。このコンテストツアーは全3戦のうち2戦の合計得点の上位者がワールドスケートゲームズに出場できる。エマはホームであるジースケートパークで開催された第1回で優勝した。第2戦は欠場。この第3戦に賭けた。
出場する多くの選手がこの大会に向けて1週間ほど前から秩父入りし、調整を行う。エマも大会6日前から秩父に乗り込んでいた。集まっているのは知ったメンツばかり。そのため選手みんなに緊張はなく、リラックスした雰囲気だ。だが当然ながら、練習から真剣そのもの。
大会の3日前のこと。エマはバックサイド900(以下、900)※3を練習している最中に転倒し、お尻を強打してしまった。その翌日はまともに滑れず、メンタル的にも900を出せるか分からない状況に陥った。しかしエマは強い気持ちを奮い立たせるように、何度もこう言っていた。
「ぜったいに900を大会で出したい。そのために練習してきたから」
※2 日本スケートボーディング連盟の略称。
※3 空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。
大会会場となった秩父スケートボードパークは埼玉の山あいという大自然のなかにある。ふだんはやや殺風景だが、コンテスト当日は露店も並びなごやかなムード
大会出場のリターンとリスク
そして大会当日。ベストトリックでは、まだ誰もバーチカルでメイクしていないアーリー900※4を出す予定だ。でも怪我により、大会直前にはまったく練習できていない。そんな状況に不安はあったものの、やはりエマは勝気だった。
「ぜったい決める。今日の本番までに練習して合わせる」
今までわたしは、コンテストでの勝利よりも、もっと先を見据えてエマをサポートしていた。目標は、エマ自身が納得する独自の滑りで世界に認められること。そのために、エマ自身が見せたいトリックやコンビネーション、やりたいルーティンを優先してきた。そうすることが今のエマにもっとも大切で、結果的に自信や個性につながると信じている。だが大会は、人に数字で評価され、その点数で競うもの。エマもその意味を多少なりとも理解している。自分が期待していた点数よりも結果がよければうれしいが、その逆はとてもくやしくなる。いろいろなリスクをとって本気で練習してきているからこそ、その一喜一憂の振れ幅は大きい。つまり、大会出場にも大きなリスクがあるということだ。
※4 背中側に向かって滑り、空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させながら、デッキのつま先側を後ろの手でつかむトリック。通常のバックサイド900と反対方向に飛び出し、着地位置も反対になることから難易度が高くなる。
ウォーミングアップに臨むエマ。練習とはいえ、つねに気は抜けない。スケートボードは楽しく大きな魅力に溢れているが、真剣にやっていたとしてもいつ怪我をしてもおかしくない危険な側面もある
ジャッジの傾向を度外視する大胆な戦略
エマは出場しなかった第2戦はトリックやコンビネーションの難易度へ評価が相対的に低く、疑問が残るジャッジだったという意見をよく耳にした。実際のところ、世界の現在地、プレイヤーや観客とジャッジの基準が乖離や、忖度などの思惑もあることだろう。スケートボードに限らず、こうした競技ではしかたないことだ。
エマはシンプルに、見たこともないようなヤバいトリックを決めたスケーターがすごいと考えている。そして、自身もそうしたトリックをチョイスしてチャレンジしてきた。もし今回も前大会同様のジャッジであれば、エマにとっては不利かもしれない。そうなれば、エマはやはり疑問を抱くだろう。すると今後のモチベーションにマイナスに働く可能性がある。そこでわたしは、秩父に入ってから大会当日までエマにこう言い聞かせてきた。
「点数は気にするな。大人が勝手に決めることで、(エマがやろうとしていることのすごさは)見る人が見たらわかる。自分がやりたいことをやろう」
大会に勝つには、ジャッジの傾向を見て作戦を考えることも大事だ。だが今のエマには必要ない。
マイペースをキープしながら、難易度の高いトリックのメイクに向けて士気を高める
差し合いのなかに渦巻くいろいろ
公開練習開始のコールがされるやいなや、エマはいのいちばんにドロップイン。スケートボードの競技会場では、練習でも戦いが繰り広げられている。いわゆる「差し合い」と呼ばれるものだ。大会にもよるが、今大会では1ヒートあたり8名が同時に練習をする。決まった順番もなければ、ルールもない限られた時間のなかで自分の調子を合わせる必要があるため、ドロップイン競争が起こる。衝突などの危険性も多分にあるが、ここで入れないスケーターは練習をできないまま本番を迎える。そんなケースも少なくない。入るタイミングのうまさやスケーター同士の関係性、技術の優劣、威嚇、性格、知名度、年齢などさまざまな要因が絡み合い、駆け引きが存在している。余談だが、練習では差し合いにすごく入っていったが、それでいて負けるのはスケーターたちのあいだでは格好悪いとされる。だからなおさら攻める具合がむずかしいとのことだ。
エマは今大会最年少。衝突した場合には体格が大きい年上の子よりダメージが大きい。それでも差し合いに参加しなければ滑れないので、行くしかない。エマは可もなく不可もない割合で入り、練習は問題なくこなすことができた。⚫︎
公開練習中に差し合いのタイミングを見計らう。さまざまな駆け引きやパワーバランスがあり、練習ではあるもののじっくり見ているとおもしろい
つづく>
POSTED : 2024-02-13