PLAYERS : EMA
河上 恵蒔
EMA KAWAKAMI
Xゲームズ2023
世界中からトップスケーターが日本に集結。画面のなかではなく現実で見えたこと。
文:河上 竜平
幕張にやってきたXゲームズと選手たち
今年5月、Xゲームズ※12023が千葉県幕張市のZOZOマリンスタジアムで開催された。今回はスケートボード、BMX、モトクロスバイクの3つの競技が行われ、日本で開催されるのは2022年に続いてこれで2回目。各競技の世界トップクラスの選手が日本で競い合うXゲームズが日本で開催されるなんて、少し前までは想像もつかなかったことだ。昨年は一般チケットを購入してスケートボードのパーク※2を家族で観戦した。だが幸運なことに、今年はパークに出場するスケーターのハンパズ・ウィンバーグの招待を受け、招待客しか入れない初日から観戦することができた。
ハンパズはスウェーデンのパークの国内ランキング1位。若手のホープで、技術力とエアーは若干16歳にして世界トップクラス。エマがあこがれているスケーターのひとりだ。ハンパズがインスタグラムを通じてエマをみつけてくれて、ふたりはつながった。5月初旬のある日、ハンパズからメッセージが届いた。「Xゲームズ千葉に出場することになった。招待するから会おう」と。エマは「ハンパズに会える!彼の滑りを見られる!」と大喜びした。
わたしもエマも英語が話せない。メッセージのやりとりの際はグーグル翻訳を駆使しているが、直接会うときにきちんと待ち合わせができるのか不安だった。会場に到着してハンパズにメッセージで到着を伝えると、スケートボードに乗ってすぐに現れた。いつもインスタグラムで見ているハンパズが目の前にいる。エマは感動し、固まっていた。ハンパズは公式練習30分前で、すぐに移動する必要があるとのこと。わたしたちはあいさつと招待へのお礼を伝え、会場に入った。
※1 さまざまなエクストリームスポーツを集めて夏と冬の年2回開催される世界最大級の競技大会。
※2 坂や曲面で構成されたコースを自由に滑る競技。
さっそうと登場したハンパズ・ウィンバーグと一緒に。とてもクールで、映画に出てくるようなイケメンスケータだった
写真提供:河上 竜平
激しいが平和な差し合い、譲り合い
わたしたちが会場に入るとすぐに男子パークの公式練習が始まった。ハンパズもいる。エマはいつもインスタグラムやユーチューブで見ているスケーターが自分のすぐ近くで滑っていることに感激し、食い入るように見ている。パークの公式練習は事前の30分と試合直前の15分のみ。初めて滑る場所でこの45分間のうちに45秒のルーティンを考えるのだから、世界のトップクラスのスケーターのレベルの高さには驚かされる。
パークの練習は順番が決まっているわけではない。いわゆる「差し合い」と言うもので、ルールはなく、タイミングを見計らってスケーターたちがどんどんコースに入っていく。それをトップスケーターが行なっているのだからしれつな争いだ。4~5人が同時に滑っていれば、当然ぶつかることもある。進路がふさがれるし危ないので揉めごとや乱闘が発生しそうなものだが、不思議なことにぶつかってもグータッチで解決していた。
パークの練習を見ていると、バートランプ※3で数名の選手が練習をしはじめる。エマのメイン競技となるバーチカルの練習は「譲り合い」で、コース内に2人以上入って滑ることはなかった。競技によって、暗黙の異なる練習ルールがあるところもおもしろい。
※3 最上部が垂直になったハーフパイプ状の巨大構造物。バーチカル(バート)という競技のコースとなる。
Xゲームズのスタッフのはからいで選手や関係者しか入れないボウルエリアに入れてもらえた。間近で公開練習を見学して得たものは大きい
写真提供:河上 恵蒔
レオナルド・ヴィニシウスと父親との出会い
バーチカルの練習を見ていると、誰よりも小さな体でいちばん高いエアーを繰り出すスケーターがいた。スペインのレオナルド・ヴィニシウスだ。今大会最年少のバートスケーターで、Xゲームズ初出場の11歳。レオナルドもXゲームズ出場が決まったときに「日本に行くから会おう」とメッセージをくれていた。エマはインスタグラムで見る彼の高いエアーにあこがれている。実際にどれぐらい高いのかを目の当たりにするのを楽しみにしていた。
するとレオナルドの父親がすぐにエマに気づいてくれ、本人と一緒に会いに来てくれた。彼らはとても明るく、会えたことをすごく喜んでくれた。通訳の人と一緒だったのでコミュニケーションが進む。「寝泊りも食事も用意するから一緒にスペインで練習しよう。そうすれば、エマはさらにうまくなる」と父親が何度もわたしたちに言ってくれた。「スペインでレオナルドと練習をしてみたい」とエマは言う。しかし、かんたんに行けるものでもないので「いつか一緒に滑ってほしい」とだけ伝えた。
レオナルド・ヴィニシウスと記念撮影。エマは「いつか君と同じ高さを飛べるにようになりたい」と伝えていた
写真提供:河上 竜平
目指すは世界初となるトリックのメイク
わたしたちはパークの試合を至近距離で見させてもらうことができた。そこは選手や撮影カメラマンや関係者しか入れないエリアだ。エマはプロの滑りを手が届くような場所から見られることに興奮していた。試合は、東京オリンピック金メダリストのキーガン・パーマーが持ち味の高いエアーと難易度の高いトリックをフルメイクして金メダルを獲得した。
エマは試合のポイントのつき方はよくわかっていない。勝敗にはあまり興味がなく、「このスケーターのこのトリックが好き」という具合にスタイルやセクションの使い方、癖などを見ている。エマに「好きなスケーターは誰?」と聞くと、スケーターの名前とともに彼らの特徴がセットで出てくることが多い。
3日目にはエマがメインとするバーチカルを観戦。今大会の目玉でもあるトニー・ホークがついに登場した。トニーホークは大会の数日前に55歳の誕生日を迎えたレジェンドスケーターだ。エマが7歳で900(ナインハンドレッド)※4にチャレンジしてメイクできたのも、彼が1999年に900を公式戦で初めて成功させたことにあこがれつづけていたから。エマは感動してコースからいちばん近いフィールドまで走っていった。
続いてジミー・ウィルキンス、クレイ・クライナー、トム・シャー、エリオット・スローン、ギー・クーリ、レオナルド・ヴィニシウスといったエマのあこがれスケーターが出場。X ゲームズのバーチカルはエマの夢の舞台。競技が始まる前から、エマは各スケーターのルーティンやトリックの予測をしながらとにかく興奮していた。インスタグラムやユーチューブでトップスケーターのトリックを何度も見ているが、海外に行かないかぎり実際に見ることはできない。映像で見るのと直接見るのとでは大きく異なる。自分の視点で見られることでどれぐらいの高さやスピードなのかを体感できる。インスタグラムでは成功している動画がほとんだが、練習を見れば成功率がわかる。またホームパークのバーチカルで滑るために、具体的にどう合わせればいいかイメージができる。
バーチカルの結果はエドアルド・ダメストイが金メダル。高難易度のバックサイドフリップインディ540(ファイブフォーティー)※5を入れた完璧なランを1本目に決め、バーチカルの王者となりつつあるジミー・ウィルキンスを上まわり優勝となった。ベストトリックではエリオット・スローンがキャブヒールフリップインディ720(セブントゥエンティー)※6を決めて優勝した。エマは「ギー・クーリのバックサイドノーリーインディ900※7がいちばんすごかった」と話す。それもそのはず、今まで誰もメイクしたことがない技だ。ギー・クーリは前大会でもバックサイドボディバリアル900※8を世界で初めて成功させていた。毎回進化するギー・クーリに驚愕し、いつか「僕も誰もやったことのないトリックを成功させたい」とエマは心を燃やしていた。
※4 空中で体とボードを一緒に2回転半させるトリック。
※5 空中で体とボードを一緒に横に1回転半させるあいだにボードを縦に1回転させ、その後ボードを手で掴むトリック。
※6 フェイキー(自身の通常のスタンスと逆のスタンス)で滑ってエアーをし、体とボードを一緒に横に2回転させている最中にボードを前足のかかとで蹴って縦に1回転させ、その後ボードを手でつかむという超高難易度トリック。
※7 踏み切り足をノーズ(前)側にしてエアーをし、空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。基本的な900は踏み切り足がテール(後ろ)側。
※8 空中で体とボードを一緒にお腹側へボードの上で体を半回転させるトリック。
会場入り口の巨大看板の前にて。エマは「ぜったいにXゲームズに出る」と誓った
写真提供:河上 竜平
POSTED : 2023-06-16