PLAYERS : MASAKI HARADA
原田 正規
MASAKI HARADA
牛越 峰統に聞く
Part 1
原田が尊敬する先輩プロサーファーに尋ねる、日本のサーフシーンのこれから。
文:高橋 淳
写真:飯田 健二
原田 正規(以下、MH):現在の牛越さんの活動について教えてください。
牛越 峰統(以下、MU):まずJPSA※1の顧問をやらせていただいています。日本国内のプロツアーを円滑に開催できるように、全国のみなさんと連携をとる連絡網のような役目ですね。そして波乗りジャパンの強化部での仕事。JPSAから出向するかたちで、世界で戦える選手の発掘を行なっています。あとはJPSAのシニアツアーで年甲斐もなくコンペティターもやったり、今日来てもらっているU4(ユーフォー)サーフというサーフショップを構えてサーフィンスクールやプロサーファーの育成をするという生活です。
MH:あいかわらずサーフィンにどっぷりですね。
MU:13歳でこの世界に足を突っ込んでから、ずっとサーフィンの話しかしてないかもしれません。
MH:幸せなことですね。
MU:「ワックス」という言葉にさえ、今でもワクワクします。この10月で52歳になるので、約40年。よく続けてこれたなと。支えてくれるまわりの方々に感謝しています。
※1 日本プロサーフィン連盟の略称。同連盟のプロテストに合格すると、国内プロツアーに参戦するためのライセンスを獲得できる。
牛越 峰統(うしこし みねとう) ●1971年10月21日生まれ。東京都調布市出身、千葉県いすみ市岬町在住。中学1年生の夏に兄の影響でサーフィンと出会う。17 歳でJPSA公認プロテストに合格。国内外のツアーで勝利を重ね、2003年にJPSAプロサーフィンツアーグランドチャンピオンを獲得する。さらにハワイをはじめとするビッグウェイブへのチャージ、スタイリッシュなライディングで幾度となくサーフィン雑誌のカバーを飾った。2009年に現役選手引退後、 JPSA理事長に就任。現在はJPSA名誉顧問、波乗りジャパン強化委員長を務めながら千葉・太東にてU4サーフを営み、多くの人にサーフィンの楽しさを伝えている。
MH:牛越さんはプロサーフシーンをいろんな角度から見ています。現代のプロサーファーが生き抜くためには何が大切だと思いますか?
MU:まず大前提としてひとつシンプルに言うならば、ものすごくサーフィンがうまければいい。そんなサーファー同士が本気でぶつかり合えば、見たい人が増えるじゃないですか。そうすれば企業にも応援してもらえますよね。
MH:それはいつの時代も変わらないです。
MU:やっぱりサーフィンのプロですからね。そのうえで、今は自己主張が必要です。プロサーファーとして、どうあるべきかが問われる時代になっています。ただ大会に勝ってチャンピオンを獲るだけではむずかしい。
MH:社会性が問われていると。
MU:はい。サーフィンがうまいだけじゃなく、そういう何かがないと企業にサポートしてもらえない。大きく言うと、人のためにやれるかどうか。自分のためにやっていることが、人のためになるようなプロサーファーであれるといいですよね。たとえば、海でのレスキューを勉強するとか。
MH:自分が海でサバイブするための力にもなりますね。ひと昔前は、アマチュア時代にちょっと実績がよくて鳴り物入りでJPSAのプロツアーに参加すれば、それだけでスポンサーがある程度の給料を出してくれることもありました。そういう時代じゃないってことですね。
MU:その代わり、今は露出する場所を自分でつくれます。昔はサーフィン雑誌に出してもらうにも、媚びることはないけれど、それなりの苦労があった。でも今は一人ひとりが編集者であり、メディアになれる。SNSにアップするのだって、自分をキャスティングして、自分で放送してるんですよね。だから昔と今はくらべられません。いつの時代も状況に沿って行くしかないんです。けっきょくお金を稼ぐ大変さは平等なんだと思います。
MH:そうは言っても、最近はとくに経済的に不安定なイメージがプロサーファーにはあります。それでもしっかりと生き抜いている世界のトッププロサーファーとの差はなんでしょう? サーフィンのスキル以外に何かありますか?
MU:お金に対する知識でしょう。貯めることも必要ですが、お金をどう動かして、世の中の流れにうまく合わせていくかを少しでも考えるべきだと思います。
MH:11回もワールドチャンピオンになったケリー・スレーターはまさにそれを実践している人ですよね。ファイヤーワイヤーというサーフボードメーカー、アウターノウンというウェアブランドなどを手がけていて、どんな事業においてもサステナブルであることを強く意識しています。世界のサーファーは時代が求めるビジネスをしてる。
MU:元 WCT※2サーファーがワールドツアーをまわっているときにいい波が立つ会場付近に土地を見つけて、サーファーが喜ぶようなヴィラを経営したという話も有名ですよね。支えてくれる投資家がいるのかもしれませんが、彼らにしてみればトッププロサーファーにやらせることが確実性の高い投資なわけです。
MH:サーフィンの実績とともに、投資対象として見合うほどお金や社会に対する知識を深めて、人としての魅力を高めることが大事なんですね。
MU:プロサーファーとして有名になるまでの下積みは人それぞれ。大会で勝つ以外にも、ハワイで一発突っ込んじゃえば有名になるかもしれないし、今で言えばSNSを使うとかいろんな方法があります。
MH:でもやっぱり、サーフィンの実力がともなわないと話にならないですよね?
MU:「プロサーファー」とうたうならば当然そう。正規も地元から千葉に出てきて、サーフィンがうまいからヒットした。あのサーフィンがなかったら、言い方は悪いですが「だから何?」となる。でもその先の今、「自分とは何者なのか」ということがサラリーにつながっているんでしょう?
MH:そうですね。自分をさらけ出して。
MU:ということはサーフィンだけじゃないですよね。つまり「生きざま」が大事になってくるんですよ。
※2 世界のプロツアーを運営するワールドサーフリーグ(WSL。旧称ASP)による世界最高峰のワールドツアー「ワールドチャンピオンシップツアー」の略称。現在はCT(チャンピオンシップツアー)と呼ばれている。
MH:日本からCTサーファーを生み出すために必要なことはなんでしょうか?
MU:世界に行くんだから、海外での経験は不可欠です。CTのスケジュールが出たじゃないですか。1戦目がパイプライン、そのあとサンセットビーチやマーガレットリバー、ベルズビーチ、タヒチのチョープー、フィジー…… ほとんどの大会会場がビッグウェイブですよ。CTに入ろうとしてる選手にがんばってもらいたい。でも、そこの波でやったことあるのかな?
MH:彼らの親御さんたちは、このひと言で本当に冷や汗かいてると思います。
MU:2024年のオリンピックはチョープーでやる。日本の選手も各々準備をしています。あそこの波は気合いを入れて立ち向かわなければ手強い。日本にもタヒチのような強烈な波はあります。でもコンスタントじゃないから、練習するのもかんたんじゃない。そう考えると、やっぱりオアフ島ノースショア※3というビッグウェイブの聖地にフルスロットルで行くことは正しい。だからビザがある3か月間、わたしたちは毎冬なりふりかまわずあそこで練習をしてたわけですよね。
MH:やっぱりハワイには絶対的なものがあります。
MU:全世界にある一流のサーフポイントのできるだけ大きな波でやりたいのがCT。そこに出る選手は、その波を上まわる体力を持っていないと対応できない。今CTを狙っているキッズたちは、そのことをまず念頭に置くことが重要です。
MH:最終的に戦う場所はビーチブレイクじゃないんだよと。あたりまえのことすぎて、逆にみんなあまり考えていないかもしれません。
MU:そして試合に関して言えば、本国の日本で下地をしっかりつくることが大事だと思っています。
MH:たしかに勝つ楽しさを覚えないと続かないです。
MU:もしくは海外で生活をして、向こうのカルチャーのなかで生きるというのも早い道です。でも日本をベースにしているサーファーがCTに入ったときに何がすばらしいかというと、日本からのやり方を次に伝えられるじゃないですか。ブラジルもそうでしたよね※4。
MH:先駆者が突破口を開いて、どっとCT選手が出ました。
MU:日本のサーフシーンの未来を考えると、日本国内から生まれるCTサーファーの意味はとても大きいんです。
※3 バラエティに富んだ超一級のサーフポイントが奇跡の7マイルと呼ばれるエリアに密集し、毎年冬になると立つビッグウェイブを求めて世界中のトップサーファーたちが集う。
※4 2014年にガブリエル・メディナがワールドチャンピオンになったことを皮切りに、CT においてブラジルの選手が躍進する「ブラジリアンストーム」と呼ばれる現象が起きた。2014年からガブリエル、エイドリアーノ・デ・スーザ、イタロ・フェレイラ、フィリペ・トレドによりブラジルが合計7回のワールドチャンピオンを獲得している。
MH:牛越さんが理想とする日本のサーフシーンはどんなものですか?
MU:大きな賞金が出て、夢を持てるようなプロツアーの実現です。テクニックや道具を進化させるためには、かならず競技が必要なんですよ。F1のように。
MH:たとえばゴルフは賞金が大きいですよね。
MU:それだけ愛好者が多いということです。ゴルフのトーナメントはテレビでよく観られてるじゃないですか。だから賞金が上がる。未来予想図は、テレビであたりまえにサーフィンの大会がやっているイメージです。パイプマスターズ※5がゴルフのマスターズ・トーナメントのように夜中に放映してたりしてね。
MH:おもしろいでしょうね。トッププロたちが、追いかけている夢をつかんだ瞬間を見られるというのは。
MU:そんなふうになれば、日本でのサーフィンの価値がぜんぜん変わってくるはずです。大会会場となるビーチには、同時にビーチカルチャーを育んでいく。たとえばそのビーチを365日見守るライフガードチームができたらいい。そのメンバーのなかには地元のプロサーファーがいたりしてね。「賞金が上がる、選手が喜ぶ、スタッフはお疲れさま」というだけじゃない。大会の規模が大きくなることで観客がより楽しめて、会場のビーチや大会スポンサーといったすべてがよくなる座組ができれば、日本の海も明るくなる。カリフォルニアみたいにピア(桟橋)ができて、その先端にはレストランがあって家族で過ごせて、犬を連れて散歩もできちゃうとか。サーファーの手によって、そんなビーチが日本全国にできるといいですよね。
※5 ハワイ、オアフ島ノースショアのパイプラインで開催される伝統的な一戦。波のコンディションが整ったときには、大きなチューブで戦いが繰り広げられる。
POSTED : 2023-10-10