PLAYERS : MASAKI HARADA
原田 正規
MASAKI HARADA
新島の戦い
Part 2
JPSA※1シニアプロ新島の結果。その先に見たなすべきこと
文:高橋 淳
※1 日本のプロツアーを主催する日本プロサーフィン連盟の略称。
早朝、ヒート前の決断
大会当日、原田は5時半に会場の淡井浦に到着した。雨が降ったりやんだりと不安定な天気で、風は南西から強く吹くサイドオフショア※2。波は予想に反して前日よりも小さいが、台風2号「マーワー」からの肩サイズのセット※3がときおりブレイクする。選手の集合時間は7時。海のなかにはすでにウォーミングアップしている選手たちがいた。
「おれはやらない」
その日のスケジュールはシニアプロから始まる。原田はヒート直前の練習をやめた。聞けば、前日から持病の坐骨神経痛を発症しているという。サーフィンの動きは体に染みついている。今は、刻々と変化する海の状況を見極めることに集中する。ヒート中に1発のエクセレントスコア※4を出すために。
※2 岸から海に向かって斜めに吹く風。風が波頭を潰さないのでサーフィンするには悪くはないが、強すぎると波に乗りづらい。
※3 その日のなかでも大きなうねり。何本か連なって沖からやってくる。本数や周期はコンデションによって異なる。
※4 10点満点中8点以上の点数のこと。
ビーチからポテンシャルのある波を探す。海は潮や風、うねりの具合によってまったく姿を変える。台風が近づいているとなればなおさらだ
写真:飯田 健二
先輩プロサーファーとの戦い
「全然勝てる。正直、そういう気持ち。その気持ちが伝わって、相手も『ぜったい負けねえ』と思ってたはず」
原田はヒート前にゼッケンを着たときの心境を振り返る。そのとおり、ゼッケンを受け渡しする本部テント前は異様な気迫に満ちていた。
「みんな『本気だな』と感じた。メラメラと」
原田のヒートは4番目。対戦相手は2003年のJPSAショートボード男子グランドチャンピオンで昨年のシニアプロ新島の覇者、牛越 峰統。そして今村 大介、比嘉 力夫と全員が原田の先輩にあたる強者ぞろいだ。
ときおり写真のような大きな波が入るものの、本数が少ない。ほとんどがワイドなショアブレイク※5というむずかしいコンディションで大会は行われた
写真:飯田 健二
※5 波打際で割れる波のこと。乗れる距離が短く、基本的にはサーフィンに適さない。
7年ぶりにJPSAのゼッケンを着て試合に臨む原田。「ゼッケンを着ちゃえば痛みなんて忘れて、自分のサーフィンに集中するスイッチが入った」
写真:飯田 健二
波に見放されたギャンブラー
ヒート開始のホーンが鳴った。
牛越はバックウォッシュ※6の入るむずかしい波に合わせて5.33ポイント、今村はすばやいアクションで7.33ポイントを出し着々とスコアを重ねる。
対する原田は懸命に波をつかむも、岸際でいっきに崩れるショアブレイクに対してキレのある技をメイクできない。不運なことに、前のヒートで入ってきていたような一発逆転を狙えるセットがぱたりとやんでしまった。乗る波すべてに見放されたかのようにアクションが決まらず、原田は天を仰ぐ。
「本当くやしくて……。『波と合わない、もう無理、なんだよこれ』っていうどうしようもない感情が出た」
あっという間に20分が過ぎ去り、残った結果は合計2.94ポイント※7。原田の再挑戦は、初戦4位敗退という苦いものとなった。
「1本目の波はよかったのに、バックウォッシュが入ってリズムが崩れた。もう少しテイクオフが速かったらリズムに乗れたはず。その細かい差が合わなくて、けっきょく全部の波に対して何もできなかった」
※6 岸に向かって波が崩れたあとに起きる、岸から沖に向かう返し波。
※7 JPSAの大会ではヒート中のベスト2スコアの合計点で勝敗が決まる。このヒートの原田のベスト2スコアは1.47ポイントがふたつだった。
技が詰まってしまい、ことごとく決まらない。「波との波調がまったく合わなかった」
写真:飯田 健二
ヒートを終え、肩を落とす。心のなかをさまざまな思いが駆けめぐる、ひとりの時間が必要なとき
必要なのはタフな心と積み重ね
むずかしい波を制して優勝を手にしたのは原田が惨敗した相手、牛越 峰統だった。原田と同じく外房で暮らす牛越は、U4サーフというサーフショップを営みながらサーフィンひと筋の生活を続けるトッププロサーファーだ。原田はその差を痛感した。
「牛越さんはサーフィンをやりつづけてる。でもおれは違う仕事をして、サーフィンと離れた環境に身を置いてた時間が長かった。積み重ねてきたものに大きな違いがあると感じた。大会において波のコンディションは選べない。そこで勝つのが本当のプロだということもあらためて思った。あの波で勝つことは、まぐれではできない」
サーフィンは波という自然相手。ほかのスポーツにくらべて運の要素が大きい。そのような状況下で運に頼らず対戦相手に勝つためには、海を読む力が必要になる。そしてその力を得るには、海でより多くの時間を過ごすしかないということなのだ。大会についても、どれだけ数をこなすかが大事だと原田は話す。
「大会っていうのは出てなんぼ。出場しないと結果は出ないから。勝っても負けても次々とこなしていくしかない。でもいつか勝てるという保証もない。コンペティターはタフじゃなくちゃいけないんだよ。遠いところまで行って、一コケする。それでまた自分のメンタルと体の整理して、次の大会に出る」
とはいえ、今の原田には一つひとつのヒートが重い。
「若ければ次から次へやればオッケーだけど、おれには『もう次はない』という現実もある。そんな気持ちで戦うのが、おれにとってのシニアツアー。がむしゃらに挑んだひさしぶりのヒートは本当に泥臭い試合だった。必死。いい波に1本乗ればぜったいに勝てると信じていた。自分のなかではやりきったから言いわけはしたくない。ただくやしい。この学びをつなげるしかない。まだ残っている次に」
決勝での牛越のライディング。ヒート終了間際にこの波をつかみ、大逆転で優勝を決めた
写真:飯田 健二
昨年に続き、シニアプロ新島で2連勝を果たした牛越。この優勝はサーフィンに捧げる日々の賜物にほかならない
写真:飯田 健二
決勝の直後、牛越のもとに駆けつけた原田はこう語った。「自分だけにフォーカスするのではなく、温度差のある対戦相手をうまくかわしていく。牛越さんにはそういううまさがある。ちゃんとまわりを見つつ、自分のポジションをしっかり見極めて戦う姿が印象的だった」
写真:飯田 健二
POSTED : 2023-07-14