PLAYERS : MASAKI HARADA
原田 正規
MHASAKI HARADA
Sリーグ開幕戦2024
Part 1
日本のプロサーフィンツアーの新たな始まり。原田が昨年から参戦するJPSAシニアツアーは、Sリーグマスターズツアーへと生まれ変わった。初戦の開催地は茨城・大洗海岸。昨年の雪辱を晴らすべく、原田は戦う。
文:高橋 淳
写真:飯田 健二
初戦に向けた最終調整
「名勝大洗」として有名な大小の岩礁に、太平洋の荒波が打ち寄せる。 Sリーグの初戦となる茨城サーフィンクラシックは、JPSAの時代から数えて今年で通算28回目を迎える歴史ある大会。大洗海岸公園にある「磯場」と呼ばれるサーフポイントがその舞台だ。8月20日。試合が始まる2日前の朝6時半、原田の姿はそこにあった。
波のサイズは腰〜腹たまに胸。風は弱い。波とリズムを合わせるため、原田はさっそく海へ。手にしたサーフボードは、小波に苦しんだ、昨年の宮崎戦の教訓を生かして持ち込んだツインフィッシュ。潮が引き、いくつかの岩が海面から顔を出してきた。そうして1時間ほどで上がってくると、ひと言つぶやいた。
「むずかしい」
波のサイズは小さめだが、大洗の波は思いのほかパワフルだった。そして、クセが強い。
今大会はショートボードとロングボードが共催するため、それぞれの選手がスムーズに調整できるよう、練習時間が区切られていた。そこで、午後は約30キロほど南下したポイントでサーフィンをすることに。朝のセッションを経て、原田はサーフボードのチョイスを定めた。
「ツインフィッシュもう乗らない。勇さんのハンドシェイプを体になじませるために」
ポスティブダイレクションサーフボードのシェイパー、石井 勇が原田のためにカスタムメイドしたスワローテールのスラスターが今大会の相棒だ。
海に入る前、引いた視点で波を見極める。岩混じりの大洗・磯場の波はパワフルで独特なブレイクだ
小波対策で持ち込んだツインフィッシュ。ボードのレングスが短く、センターフィンがないので動きが軽い
大会会場での初練習。波が小さかったため原田はツインフィッシュを試したが、磯場での戦いには合わないと判断した
平安時代創建の古社、大洗磯前神社へお参り。主祭神の大己貴命 (おおなむちのみこと)は境内前方、磯場ポイント付近の岬の岩礁に立つ「神磯の鳥居」に降臨したとされている
いないはずのコアが登場
今回、一緒に参戦するはずだった原田の長女コアは怪我のため欠場。自宅待機する予定だった。しかし、海に入らなくてもゼッケンさえ受け取ればツアー戦のポイントが加算されることが判明。急遽、電車で大洗まで来るという。ひとりで戦うモードに入り、集中を高めていた原田は展開にとまどった。昨年出場した2戦はともに1回戦敗退。「おれにはあとがないんだ!」と。
だが夕方になり、コアを駅まで迎えにいくころには、けっして器用ではない原田の心も落ち着いた様子。到着したコアを迎える顔はすっかり父親の表情になっていた。
大会開始の翌21日、波は少しサイズアップしたがコンディションはイマイチ。マスターズの試合は22日から。原田は「疲れが残っちゃうんで」と練習はせず、体を休めた
この日は開会式があった。プロツアーのルーキーとして壇上に上がったコア。ほろ苦いデビューも、これから先の長いプロ生活の糧になることだろう
当初の予定とかたちを変えて親娘で参戦。コアは原田のサポート役にまわった
Sリーグのロゴと“COMPETITOR(選手)”の文字が光るリストバンド。親娘プロサーファーの証
プレッシャーを跳ね除け、ヒートを突破
22日、午前11時。ついに2024年のマスターズツアーが開幕した。選手はかつてのグランドチャンピオン4名を含む総勢16名。原田の出番は第3ヒート。空は曇り、サイドオンショア※1が吹いている。波のサイズは腹〜胸。ショルダー※2が緩慢で、風の影響を受けたむずかしいブレイク。そのコンディションは原田の想定内であるものの、試合直前の痛いほどの緊張感が身を包んでいる。
11時40分。原田のヒートがスタート。潮が引き、オンショアが強まってきた。対戦相手は関谷 利博、軽部 英和、そしてオーシャンズ※3の仲間である遠田 真央。先手必勝と言わんばかりに、原田は開始早々波に乗り4.00※4をスコア。続いて関谷、遠田も波をつかむ。順位は1本ごとに入れ替わるデッドヒート。立てつづけに波がブレイクするなか、原田は負けじと応戦し、1位のポジションを維持したまま試合は中盤に差し掛かった。ここで、波が止まる。
残り10分。原田が大きめのセット※5をつかんだ。眼前に迫るホワイトウォーターに強引に当て込み、滝の流れに乗るようなフリーフォールをメイク。際どいライディングに6.15のポイントコール。さらにスコアを伸ばしてトップを走る。ハワイ・パイプラインでの圧巻なライディングで有名な脇田 貴之がライブ解説でうなる。
「ステイロー。これぞ原田選手という重心が低いパワフルなライディング! 僕は彼とタヒチやハワイで一緒にチャージしてきました。(ほかのサーファーたちを)インフルエンスするサーファーですよね」
原田がプライオリティ※6を持ったまま残り4分。時間の進み方がいやにスローに感じられる。インサイドで乗った軽部に対して、2位につけていた関谷がインターフェア(妨害)※7を犯した。そして、順位が繰り上がった遠田がラスト30秒でロングライド。試合終了のホーンが鳴り響く。激戦のヒートをトップで通過したのは、原田だった。
※1 海から岸に向かって斜めに吹く風。風が波頭を潰すため、ベストな条件ではない。
※2 立ち上がろうとする波の斜面。
※3 2008年に結成。メンバーは原田 正規、吉川共久、山本 茂、山浦 宗治、山田 弘一、市東 重明、友重 達郎、遠田 真央という8名のプロサーファーたち。
※4 ライディング1本の最高得点は10点。Sリーグの大会ではヒート中のベスト2スコアの合計点で勝敗が決まる。
※5 その日のなかでも大きなうねり。何本か連なって沖からやってくる。本数や周期はコンデションによって異なる。
※6 ヒート中、それぞれの選手に順番に与えられる優先権。ヒート開始直後のプライオリティ(優先権)が誰にもない状態で、最初に波に乗ったサーファーからプライオリティの順位がいちばん低くなる。その後、次のサーファーが乗るとプライオリティの順位が繰り上がっていく。
※7 インターフェアを犯すとベスト2ウェイブのうち1本がノーカウントになり、圧倒的に不利になってしまう。
磯場の戦いのために原田が選んだサーフボード。「スワローテールは波に食いつく」
10か月ぶりに着るゼッケンはグリーン。原田の全身から緊張感がにじむ
ゼッケングリーンの原田とレッドの遠田。古くからの友だちのふたりは「ワンツーフィニッシュで行こうね」と前日に話していた。そして、めでたく約束どおりの結果に
原田のキレのあるサーフィンが炸裂。接戦のヒートを終始リードし、実力を見せつけた
ヒート後、ヒーローインタビューを受ける原田。安堵の表情に、抱えてきたプレッシャーの大きさを感じる。「とにかく、やっとラウンドアップできてほっとしています。娘に『緊張してんの?』って言われて、『お前〜』と思いながらもそのひと言で力が抜けて、リラックスできました」
<つづく>
POSTED : 2024-10-01