文、写真:河上 竜平
6月1日午前5時。妻の恵美子が「バートアラートからDM来てるよ」とわたしを起こした。その日のわたしは午前3時ごろまで仕事をしており、ようやく寝始めたところ。夢か現実かわからないまま、スマートフォンを手に取ってメッセージを読んだ。
「ハイ!エマ!バートアラートに招待したいんだけど、来れるかい?」
とてもシンプルなテキストだったが、いっきに目が覚めた。
バートアラートの正式名称は「TonyHawk’s VertAlert(トニー・ホーク・バートアラート)」。今年の6月28日〜30日に開催されるXゲームズ※1・ベンチュラ大会の出場者を決めるコンテストである。エントリーできるのは、昨年度のXゲームズ出場者、バートアラートの予選であるタンパ・プロ・フロリダ大会の入賞者、そしてワイルドカードとして招待された4選手の合計20名という狭き門。そんなハイレベルなコンテストに、エマがワイルドカードのひとりとして選ばれたのだ。出場者は世界トップの選手ばかり。そもそもエマは、海外のコンテストはおろか、アメリカにすら行ったことがない。まさに夢のような話である。
すぐにエマを起こして伝えようかと思ったが、いったん立ち止まる。今年のバートアラートは6月13日〜15日にアメリカのソルトレイクシティで開催される。すぐに航空券を手配を開始しないと間に合わない。旅費はすべて自腹だ。コンテストの日程表を見ると、公開練習は1時間半しかない。出場者のなかで、9歳のエマはもちろん最年少。大人、しかも世界のトッププロに混じって、体重は半分以下、身長も130センチに満たないエマがうまく練習ができるのだろうか。さまざまな不安が頭をよぎる。わたしは「むずかしい問題が多々あるので即答できない。少し時間が欲しい」と、バートアラートに返信をした。
あれこれ考えてしまって寝られない。エマが起きてから出場したいか意思を確認することに決めて、心を鎮めた。やがてエマが目覚め、ひと息ついてからバートアラートの件を伝える。
「出場したい。アメリカに行きたい!」
エマは大喜び。予想どおりだった。わたしは妻と相談し、なんとかアメリカへ行かせてあげようと出場を決めた。
エマのリスペクトするギー・クーリー、ジミー・ウィルキンス、ミッチー・ブルスコ、エリオット・スローン、ロニー・ゴメスら世界のトップスケーターが出場するコンテストに、ついにエマが参戦する。エマはスケートボードスクールに通うことなく、彼らのインスタグラムやユーチューブを見ながら独学でバーチカルのトリックを習得してきた。2年前、Xゲームズ・千葉大会を観にいき、自分のスケートボードにサインをもらって一緒に写真を撮ってもらったあこがれのトップバーチカル選手たちと競い合う。そして、保育園のころからずっと「行きたい!」と言っていたアメリカへ行くのだ。
まだまだエマと世界のトップ選手たちとの実力差、体格差、経験値の差はある。しかも、滑ったことのないトニーホークのバーチカルランプをたった1時間半という短い練習時間で合わせなければならない。そのランプをふだんから滑っているトッププロたちと戦うのだから、きっと歯が立たないだろう。バーチカルランプに合わせられないまま本番を迎えて、何もできずに終わってしまうかもしれない。しかし、エマにとって得るものは果てしなく大きいはずだ。だからこそ、無謀かもしれないが、わたしはチャレンジさせたい。
バートアラートに向けた練習期間はあと1週間ほどしかない。アメリカに行ってあこがれのトップ選手たちと滑ることにワクワクしながら、精一杯がんばってもらいたいと思う。
※1 さまざまなエクストリームスポーツを集めて夏と冬の年2回開催される世界最大級の競技大会。
スマートフォンで何度も見てきたトニーホークのバーチカルをイメージしながら、いろいろなラインを試すエマ。スケート歴5年、9歳。たくさんの人たちの応援とスケートボードをがんばってきた自分の力で、夢を叶えるためアメリカに行く。親としてとても感慨深い
POSTED : 2024-06-07