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第57回 全日本サーフィン選手権大会

文:原田 正規

 

9月28日、わたしは長男のカイマナと宮崎県へ向かった。日本最大のアマチュアサーフィン大会、NSA主催の全日本サーフィン選手権大会(以下、全日本選手権)※1にカイマナと長女のコアが選手として出場するためだ。カイマナは千葉東支部の支部予選キッズクラスで3位になり、初めての出場枠を勝ちとった。コアは昨年の全日本選手権のロングボードウィメンズクラスで優勝したため、支部予選を戦わずシード選手として出場を決めていた。

 

壮大な景色に椰子の木が立ち並ぶ宮崎の風景は南国そのもの。レンタカーに乗り込み、さっそく会場の木崎浜へ向かう。到着すると、ゆるいオンショア※2に吹かれた胸~肩くらいのサイズの波が割れていた。我先にとキッズ、ボーイズ、ジュニアクラスの選手達が猛練習している。カイマナもすぐにトランクスに着替え、初めてやってきた宮崎の海に飛び込んでいった。

 

わたしは10代のころによく木崎浜に通っていた。今回、十数年ぶりに見て衝撃を受けたのが、砂浜の侵食だ。これには本当に驚いた。わたしが通っていたころは砂が豊富にあり、浜を歩いて海に入っていったものだ。しかし今は、防波堤のそばまで海が来ていている。波に対してはそれほど影響がなかったが、この先深刻な状況になるのではないかと不安になった。

 

大会当日、キッズクラスからスタートした。カイマナはヒート5にクレジットされている。波のコンディションは胸~肩サイズで、無風という最高なコンディションだった。

 

カイマナはワイプアウト※3せず、練習どおりきっちりとインサイドまでコンビネーションを入れていく。だが対戦相手はひとつ、ふたつ年上の上級生。その体格差から、ライディングのパワフルさにおいてカイマナはどうしても見劣りしてしまい、ポイントがなかなか伸びない。結果、初戦3位で敗退してしまった。初めての全日本選手権で初戦敗退してしまったカイマナは海から上がってくるなり泣きじゃくり。くやしい思い出となった。内容は悪くなかっただけに、わたしは健闘をたたえた。そして勝てなかったわけを説明すると、本人もそのことを痛感したようだった。

 

10月2日にはコアと妻のさとみが合流した。全日本選手権の開催期間は8日間という長丁場。なんと総勢1000人以上の選手が集まる。各クラスごとに試合を消化していきながら、ロングボードウィメンズクラスは4日から始まった。

 

ちょうどそのころ、沖縄の南に台風14号が発生した。でも東シナ海側へコースがはずれてくれたおかげで海は荒れ過ぎることなく、少しサイズアップした頭くらいのサイズの波でヒートが行われた。コアは無難にライディングを決めて4回戦を勝ち抜き、決勝までなんとか勝ち上がることができた。決勝戦も波のサイズが十分残り、ロングボードには少しハードなコンディション。コアはライディングをコンパクトにまとめる。対戦相手は攻めのライディングで応戦してくる。ヒートが終了し、静まり返ったビーチで優勝をコールされたのは、終始攻めのライディングに徹した対戦相手だった。コアは準優勝。2連覇することができず、涙目で海から上がってきた。

 

わたしも30年以上前に全日本選手権に出場していた。娘、息子が今こうして同じ道を歩んでくれていることがとてもうれしい。さらには2年連続で決勝まで勝ち上がるなんて、本当に誇りに思う。

 

 

※1 日本のアマチュアサーフィン最大の組織であるNSA(日本サーフィン連盟)主催の大会。日本全国にある各支部の予選を勝ち抜いた選手が集まり、その年の日本一をかけて戦う。
※2 海から岸に向かって吹く風。風が波頭を潰してしまうため、基本的にはサーフィンに適さない。
※3 ライディング中に転んで水中に落ちてしまうこと。

ロングボードウィメンズのファイナリストの面々。右から2番目が準優勝という結果を残した長女のコア。熱い1週間を宮崎で過ごさせてもらった。お世話になった知人やローカルの方々、大会関係者や各地方から出場された選手たちみんなに感謝したい

写真提供:原田 正規

全日本選手権でいちばん盛り上がるイベントが、各支部対抗のパドルレースだ。パドリング用のサーフボードを持った全支部の代表選手がビーチに集まり、横一列に並んでスタート。沖にあるブイをまわり、200メートル以上もパドリングしてタスキを渡すリレー方式だ。わたしたち千葉東支部は善戦。個人2位という結果でポイントを稼ぎ、総合ポイントで結果を決める団体戦では1位との差がわずか5ポイントで2位というデッドヒートを演じて会場を沸かせた

写真提供:原田 正規

POSTED : 2023-10-13