文、写真:河上 竜平
グローブオーストラリアプロというオーストラリア・メルボルンで開催されるコンテストに招待された。Xゲームズ・ベンチュラ大会金メダリスト、パリオリンピック銀メダリストのトム・シャーをはじめ、出場者は錚々たるメンツだ。
オファーはうれしかったのだが、じつは2度ほど出場を断った。会場のバートの高さが10フィート(約3メートル)だったことが理由だ。エマがふだん練習しているバートは13フィート(約4メートル)。海外のコンテストのバートはたいてい13.5〜14フィート(約4.1〜4.2メートル)である。パーク競技をしているスケーターは10フィートのセクションに慣れているが、エマはパークで練習することはない。900※1や難易度の高いトリックに挑むには、セクションの高さが低いとリスクが大きいのだ。
しかし「できる範囲で滑ればいいし、900はやらなくていい。楽しんでくれ」と先方が言ってくれたので、家族みんなで相談。エマが「オーストラリアに行ってみたい!」ということで、チャレンジを決めた。
ロストバゲージで1日練習ができないというトラブルもあったが、翌日に発見され事なきを終えた。公式練習は1日1時間半の3日間。今年はコンテストが多かったため、現地での調整にだいぶ慣れたものの、短時間でケガなく初めてのバートに合わせるのは大変なことだとつくづく思う。ましてや場所は海外だ。
会場のバートを見たエマの印象は「思ったより小さいな。大きいランプみたいやん」。とはいえ「おもしろそう」と、いつもは滑らないタイプのバートを楽しみにしていた。
1日目の練習では「今まで滑ってきたバートとぜんぜん違う」とつぶやきながら、軽くエアーをして、飛び抜けと着地位置などを入念に調整。さらにバックサイド540※2、キックフリップインディ※3、ロデオ540※4など、得意なトリックを行う。「どのトリックもできるわ。でもトリック同士つなぐとなると、着地位置とかリズムをもっと合わせれなあかんな」と余裕のあるエマを見て、昔はメイクすることすらむずかしかったトリックを環境が変わっても出せるようになったのだと成長を感じた。
2日目は短いコンビネーションを組みながらふたたび調整。そして練習最終日の3日目、エマは30秒のルーティンを組み上げた。まだメイク率が低い「キックフリップ360(インディブラブ)※5をコンテストでやってみたい」と、そのトリックの練習に大半の時間を使っていた。
コンテストの出場者は37名で、決勝に上がれるのは8名。試合は制限時間24分、滑走本数に制限はなく、滑走1本あたりの最大持ち時間は30秒というセッション形式だ。選手たちが順番に滑り、トリックの難易度、エアーの高さ、トリックのつなぎ、スタイル、創造力などの要素により点数が決まる。
正直なところ、エマが決勝に上がるのはむずかしいと思っていた。試合の途中でアドバイスできる状況ではない。わたしはエマにのびのび滑ってもらおうと、自分で考えたルーティンを行うこと、自分で判断してやりたいことをやるように伝えた。
予選が始まった。ものすごい盛り上がりだ。エマの存在を知っていて、応援してくれている人もいる。ありがたい。エマに緊張の色はない。会場の熱気を受けて、テンションが上がっている。
開始数分後、ラストトリックのキックフリップ360は乗れなかったが、ルーティンを成功させた。そして次の1本では、同じルーティンをすると評価が上がらないと判断したのか、ルーティンを大きく変えてきた。まさかの900をやったのだ。わたしは「今回900はするな。そこまで攻める必要ない」と言い、練習でもやらせなかったのに。会場から大きな歓声が沸いた。結果は5位。まさかの予選突破だ。エマは「900できると思ったし、見せたかった」と言いながら、決勝進出を喜んだ。
決勝までのあいだ、エマはメルボルンで仲よくなった海外の友だちと鬼ごっこをして遊んでいた。スケートボードはほかの競技にくらべて緩い部分があり、試合以外の時間は自由にリラックスしながら過ごすスケーターが多い。でも、全力で鬼ごっこしているスケーターはいなかった。
決勝直前に、どんな滑りをするか確認し合う。わたしは「予選でラストトリックだけ乗れなかったルーティンを最大3本まではチャレンジしよう。そこからは自由に」と伝えた。エマは「とりあえずあのルーティンやってから、みんなの滑り見て考える」と楽観的だった。
決勝スタート。予選と同じく、2本目のランでラストトリックを除くルーティンを決めた。約束どおり3本目も進め、フルメイクしてくるかと思ったら、いきなりルーティンを変えて900を入れてきた。次のランでは900から、まったく練習でやっていなかったオーリー540※6を決め、ラストトリックのキックフリップ360もバッチリ決めてフルメイクした。会場もわたしも大盛り上がり。このランが評価されたのか、結果は4位入賞だった。
エマは3位以内に入れなかったことを相当悔しがっていた。しかし、世界トップクラスのメンツのなかでこの結果だ。わたしはうれしかった。
※1空中で体とボードを一緒にお腹側へ2回転半させるトリック。
※2 空中で体とボードを一緒にお腹側へ1回転半させるトリック。
※3 空中でボードを離し、横に1回転させてからふたたびボードをつかんで着地するトリック。
※4 空中で体とボードを一緒に背中側へ1回転半させるトリック。
※5 空中で前足のつま先を使ってボードを蹴り抜き、背中方向に縦に1回転(フリップ)させながら、体とボードを一緒にお腹側へ1回転させ、デッキの前側を後ろの手で掴むトリック。
※6 バートの上部でテールを弾いて空中に飛び出し、体とボードをお腹側へ1回転半させるトリック。
オーストラリア・メルボルンのプラーンスケートパークが今回の会場。古くから有名なスケートパークの名物バートを再現している
この不慣れな低いバートと少ない練習時間でよく合わせたなと、わたしはエマに感心させられた。このコンテストには出場するかどうか悩んだが、参加してよかった。またひとつエマの経験値が上がったと思う
プラーンスケートパークまでの道中、雰囲気のいい店が立ち並ぶ
メルボルンの有名な壁アートの路地。定期的に塗り替えられるらしい
プラーンスケートパークの横にあるバスケットコートで遊ぶ。今年に入ってからの遠征のおかげで、海外の子たちに溶け込むことにも慣れてきた
会場近くのプリンスピア。海外に行くと、なぜか海を見にいきたくなる
オーストラリアは物価が高いので自炊。オージービーフがおいしくてハマった
メルボルンのシティエリアは想像以上に都会だったが、自然も美しく、昔から見たかった南十字座を見ることもできた。この地に導いてくれたエマに感謝だ
POSTED : 2024-12-06